戦後はよかった?
私が大学生の頃の話です。午後から授業があった私はお昼頃大学へ向かう為電車に乗りました。百貨店や主要駅が沿線にあるため、平日の昼間でも座る場所がなく混雑していました。私も座る場所が無く、つり革を掴んで扉から一番近い位置に立っていました。
百貨店のある駅に止まると大きな買い物袋を抱えたおばさんとおばあさんが乗り込んできました。二人は扉の前に立つとわずかなスペースに荷物を置き、電車内を見渡しました。もちろん空いてる席はなく、優先席も年配の方で埋まっていました。「空いているところないわね。」「あー疲れた」おばさん達のありがちな会話でしたが、隣に立っていたのでつい耳を傾けてしまいました。
おばさんはおばあさんの事を気遣う様子でなんとか座らせようと思っているようでしたがおばあさんは「私は大丈夫、あなたが荷物を持っているんだから座りなさい」とお互いにまだ空いていない席を譲り合っていました。2駅過ぎましたが、席は空きません。「戦後は良かったわねー。」唐突におばさんが大きな声で言いました。「年配者を敬う心はどこにいったのかしら。」「本当そうね。」おばあさんが小さく同意します。声は確実に近くの乗客に聞こえています。
誰か席を譲るのかなと思いましたが、座っている人は眠っているか気づかないふりかで誰も動きません。「最近の母親は教育がなってないから・・・。」あろうことかおばさんは近くに座っていた3歳くらいの女の子とそのお母さんに目を付けました。お母さんは膝の上にも足元にも荷物を置いていました。女の子は全く気付いていない様子で大人しくしていましたが、お母さんには確実にその言葉が聞こえたようでこちらを見た後目を伏せてしまいました。
揺れる車内、子供を抱っこするのも立たせておくのも危険です。「膝の上に乗せればいいのにね。」おばさんの攻撃はやみません。「こんな教育じゃろくな子供にならないね。」お母さんは顔を上げることが出来ないようでずっとうつむいていました。サラリーマンや学生も同じように座っているのにどうしてあの親子ばかり。
子供が静かに座っている方が偉いとは思わないのかな。腹立たしかったのですが、おばさんの迫力に何も言えませんでした。車内がとても嫌な空気に包まれました。もう座ることよりも母親への悪口をいうことに必死です。この状況では誰も譲りたくないだろうな、早く降りてくれないかな。そう思ったときです。
男子大学生がキレる
「うるさいですよ。」私の隣に立っていた大学生くらいの男の子が言いました。その声は低く落ち着いていて、その一言でおばさんたちの会話が途切れました。「え!?なんて?」きつい言い方でおばさんが聞き返します。「うるさいって言ったんです。」やはり感情の起伏のない落ち着いた声です。若い男の子に注意されて恥ずかしかったのかおばさんとおばあさんは「ね、本当にね。」「そうね。」とお互い気まずそうに意味の分からない相槌を打って静かになりました。
私と同じくらいの年齢でどちらかといえば大人しそうな彼が注意したことに驚きつつ、自分の不甲斐なさを感じながら心の中でがありがとうとつぶやきました。電車の中で小さい子供を連れて気を張っているお母さんを見ると、この時のことを思い出します。大人になった私は席を譲ることはもちろんですが、電車の彼のように困っている人に手を差し伸べる勇気をいつも心に置いています。
おことわり:上記の記事はあくまでも個人の感想であり特定の個人や事業者などを批判したり逆に宣伝したりするものではありません。またこの記事と状況が変わっている可能性もありますので最新の情報はお手数ですがお客さまご自身でご確認をお願いします。
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